音楽友に、今日も安眠

某大学教員の日記

A.マーシャルと自由主義


アルフレッド・マーシャル(1842-1924)とT.H.グリーン(1836-1882)のイギリス思想史上の位置づけについて勉強中。それぞれ初期イギリス福祉国家の思想の二大潮流である「ケンブリッジ学派」と「オックスフォード学派」の祖と言える存在だが、両者を対立的にばかり捉えるのは誤っているようだ。


マーシャルと歴史学派の経済思想 (一橋大学経済研究叢書 別冊)

マーシャルと歴史学派の経済思想 (一橋大学経済研究叢書 別冊)

マーシャルは、公共的精神への傾倒、そしてあらゆる階級に共感する能力という点でミルに似ていた。極端な貧困や人を堕落させる労苦の除去に対する熱望は、疑いもなくミルもマーシャルも感じるところであった。しかしマーシャルは、ミルがそう考えたであろうように、「快楽pleasure」という言葉がそのような熱望への誘因を代弁するにふさわしいとは考えなかった。マーシャルは哲学における中庸を守った。彼は、ベンサムの「他人の信条に対する猛烈な反感」をもたず、T.H.グリーンに共感していた。(p.452n.)

T.H.グリーン及びA.トインビーのオクスフォード理想主義とマーシャルとの関係がしばしば指摘される。それによれば、「マーシャルとグリーンの双方に共通するものは、道徳化された資本主義(moralized capitalism)の強調であり、それによって人間の最高度の可能性が発展するのであった」。マーシャルもグリーンも、「歴史を単に身分から契約への移行と見るだけでなく、利己心から自己犠牲と利他主義への移行と見た」(Stedman Jones, 1971, Outcast London, 7.)。この側面でマーシャルは、経済学と功利主義との密接な関係を保持したジェヴォンズ、シジウィック、エッジワースのような同時代人とは違っていた(Collini,1983=2005, 『かの高貴なる政治の科学』, 274)。(p.479)


British Liberalism: Liberal Thought from the 1640s to 1980s (Documents in Political Ideas)

British Liberalism: Liberal Thought from the 1640s to 1980s (Documents in Political Ideas)

Marshall's projected future, in fact, differed little from that outlined by Mill in his account of a stationary economy. ...[For Marshall,] human effort could focus upon the quality of life. It would be a community, then, stocked with individuals of character who had a keen sense of civic virtue. There was nothing original in this rather precious vision of a community of 'gentlemen' - it was the familiar theme of the embourgeoisement of the masses but arranged, Millian style, as a paean to individuality.(p.37)


これらの記述から、マーシャルとグリーンの間の思想的な親和性が見えてくる。また、その起点となるのはJ.S.ミルの自由主義思想であることが窺える。イギリスの自由主義ではミル以降、しばしの間、数量的な「功利」概念に代えて、「公共的精神public spirit」、「性格character」、「市民的徳civic virtue」といった質的概念が幅をきかせていたもよう。