音楽友に、今日も安眠

某大学教員の日記

体調を崩し近所の診療所へ

博士論文の新しい章の執筆をようやく始められた矢先の日曜日の夜のこと、突然原因不明の疲労と関節痛に襲われました。最初は、運動不足のせいで疲れやすくなってるな、情けないなあと思うだけだったのですが、次第に机に向かっていられなくなり、ベッドへ。そのうち腹痛も始まり、あわせてどんどん身体が熱くなってきたので体温を測ったら、38度の熱がありました。ただ、咳や鼻水、喉の痛みなど風邪の症状はありませんでした。

これはおかしいと思いネットで原因を調べてみたところ、どうもインフルエンザの症状と合致しているようでした。日本の家族に相談したら、「インフルエンザだったら、病院に行かないと駄目だよ」と言われました。私はイギリスに来てこのかた、病院へは一回しか行ったことはなく、それも留学初めのシェフィールドにいた頃、かかりつけ医に登録するために近所の診療所を訪れただけでした。

ご存知の方も多いかもしれませんが、イギリスの医療制度(NHS(National Health Service))と言います)は、日本のそれとかなり異なります。日本のように、皮膚にできものが出来たので皮膚科へ、耳が痛むので耳鼻科へ、という風にはなっておらず、まず登録した近所の診療所(surgery)へ行き、「かかりつけ医(GP: General Practitioner)」と面会しなければなりません。GPが症状を診断して、必要な際は「病院(hospital)」への紹介状を書き、それを持参して初めて、病院で専門医の診察・治療が受けられるという仕組みになっています(大抵の場合は、GPの診断と薬の処方のみで済まされるようです)。

ちなみに診察や入院、手術の代金は、全て無料。全額公費で賄われます。福祉国家の歴史を勉強すると、医療の無料化を謳ったこのNHS制度は、まさにイギリス福祉国家の核として位置づけられています。(映画「Sicko」で、マイケル・ムーア監督も、NHSを(主にその理念の側面を)賛美しています)。

翌日になってもまだ熱と疲労感が収まらなかったので、家から一番近い診療所をネットで調べ、行ってみました。幸い待合室には他に誰もおらず、登録すればすぐにかかりつけ医に会えるかなと期待しつつ、「あの〜どうやらインフルエンザにかかってしまったようなのですが」と、受付係の人に伝えたのですが・・・

結論から言うと、「インフルエンザ程度で来るんじゃない!」的な扱いを受けてしまいました。受付の人から小さい紙切れを渡され、「これを読んで、帰って寝なさい」と言われただけでした。その紙には、次のように書いてありました。

「インフルエンザ:症状への対処法と感染の予防
インフルエンザの症状には、次のものがある・・・(中略)・・・
(大文字で)インフルエンザの治療のためには、ベッドで休息して寝る、以外にありません。あなたの身体が感染源と闘うのです。
 必要な際は、市販の解熱剤や鎮痛剤を飲んで下さい。また充分な水分を取って下さい。
・・・(以下略:いかに他の人に感染させないかについて)」

毎年冬になると、やれ予防接種だタミフルだ、と大騒ぎしている日本とはあまりに対極的なインフルエンザ観で、久々のカルチャーショックでした。どうやら今日中に面会、とかそういう問題ではなく、そもそもインフルエンザ「程度」でかかりつけ医に会うことは、よっぽどのことが無い限りできないようです。

いちおう何かあった時にはお世話になるかな、と思いその診療所に登録はお願いしてきました。ただ、「うちはこの辺りの学生がみんな登録するから、とても忙しいんだよね」、と前置きされた上、「次にかかりつけ医との面会予約を取れるのは、一番早くて16日後だね」と言われてしまいました。なに〜、かかりつけ医に会うだけでそんなに時間かかってたら、病院の医者に会うのに、そして必要な治療を受けるまでに、一体どれだけかかるんだ!と気が遠くなりました。(別に私が外国人だから差別的な扱いを受けたという訳ではなく、登録手続きをしてる間にひっきりなしにかかってきた面会希望の電話に対しても、同じ回答をしていました。)

まあ「緊急の際はすぐに診てもらえるんですか」と聞いたら、「それは、まあ…」とごにょごにょ言ってもいたので、律義に二週間も待つことは無いのかもしれませんが(必死さをアピールすれば、ニーズに応じて柔軟に対応してくれる、というのもイギリスではよくあることです)。

そう言えば、シェフィールドで前歯の小さな詰め物が取れてしまい歯医者を訪れた際にも、治療までやたらと時間がかかりました。まず歯医者を訪れ、歯科医との面談を1週間後に予約。1週間後に再び訪れると、取れてしまった部分に新しく詰め物をしましょうと分かり切った診察をされ、再び1週間後にまた来るように言われ終了。そして3回目でようやく治療してもらえる、という寸法でした。ちなみに、その翌週にもう一度訪れるよう言われ、4回目に歯石を取って、ようやく全処置終了。この間、1か月以上かかりました。

同じような治療を帰国した際に日本の歯医者でも行ってもらったら、その日のうちにすぐに詰めてくれ、しかもそのあと歯石まで取ってくれました。片や日本では30分、片やイギリスでは1カ月以上、この違いは、あまりに大きいように思えます。(しかも歯の治療はイギリスでも有料で、料金は三段階に設定されていました。詰め物の場合、どんなに小さいものでも一律47ポンド(約6500円)とのことで、決して安くはなかったです。)

NHS制度に関しては、患者の待ち時間の長さなど問題が山積みであり、現保守党政権も、競争原理のさらなる導入の方向で改革を検討中とニュースで度々目にしますが、今回、その一端を垣間見た気がします。もちろん日本の医療にも問題は多いのでしょうが、少ない経験ながら、消費者として日英での医療サービスのコスト・ベネフィットの比較をすると、どうも日本の方に圧倒的に軍配が上がるようです。

幸い体調不良の方は、市販の解熱剤を飲んで部屋で寝ていたら、翌日以降は快方に向かいました。インフルエンザでは無かったようで、良かったです。ただ研究時間がかなり取られてしまったので、その分頑張らなくては。。。

ちなみに、あとでフランス人交換留学生のハウスメイトにこの話をしたら、フランスではそんなこと絶対にない、大抵その日のうちに医者と面会できる、信じられないよ!と、ひどく驚いた様子でした(同時にイギリスに対する優越感でも持ったのか、少し嬉しそうでした・笑)。彼もまたかかりつけ医に登録しておらず、登録しようかどうしようか迷っていたとのことですが、私の話を聞いてどうやら結論が出たようでした。その必要なし、と・・・