音楽友に、今日も安眠

某大学教員の日記

現代イギリスの貧困問題:ガーディアン紙のサイトより


イギリスでは、1997年のブレア労働党政権発足後、社会保障の分野において、サッチャー政権以後の新自由主義路線とも、1970年代以前の福祉国家路線とも異なる、いわゆる「第三の道」路線を打ち出してきた。この「第三の道」路線のモットーは、「経済活力を維持しつつ、格差の縮小、貧困の解消という社会正義に向けた政策を実現すること」(『ブレア時代のイギリス』山口二郎著、p40)であった。労働党政権発足から来年で10年を迎えるが、イギリスの貧困問題はどこまで改善されたのだろうか。

ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979))

ブレア時代のイギリス (岩波新書 新赤版 (979))


ガーディアン紙のサイトで、ブレア政権の貧困政策に対する評価を紹介した記事を見つけたので、ここに訳出した。ここからは、「第三の道」路線にも関わらず強固に存続する貧困の実態と、日本と同様に、政府が労働市場に直接関与することに消極的な姿勢が見えてくる。


原文はこちら↓
http://society.guardian.co.uk/socialexclusion/story/0,,1963375,00.html

「低賃金が仕事を通じた貧困からの脱出を妨げる」


慢性的な低賃金によって、もはや「働くことで貧困から脱出しよう」という労働党の戦略が、信頼できるものではなくなっている。貧困問題に対するブレア政権の成果を調査した「ラウントリー財団」によれば、ブレア労働党政権が発足した1997年以来、子供や年金生活者の貧困問題は大きく改善された一方で、貧困のより根本的な原因については、手つかずのまま残されていることが分かった。

財団の報告によれば、多くの人々が低賃金状態に置かれていること、さらに彼らが賃金の著しい不平等を受け入れていることで、貧困がこれまでと同様、将来も避けられない問題となっている。政府はこれまで貧困問題に対してそれなりの成功を収めてきたものの、それらは主に諸々の特別給付によって行われてきた。職場の不平等や失業、学歴を持たない若者といった、より根本的な問題に対しては、ほとんど手つかずの状態である。

政府の貧困対策における中心的命題である、「働くことは最善の貧困脱出手段だ」という考えは、今や非常に疑わしいものとなっている。なぜなら貧困状態に置かれている340万人の子供たちの親の多くは、すでに賃金労働に従事しているからである。
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参考図:「両親が揃った低所得就労世帯に暮らす子供たちは、全体の約40%」ラウントリー財団のサイトより(下記リンク先)


1997年以降、子供の貧困については70万人の減少を達成したものの、これは「2006年3月までに100万人減少させる」とした政権発足時当初の目標には届いていない。・・・いっぽうで貧困政策における主要な成果は、年金生活者、特に1人暮らしの年金生活者の貧困改善に見られる。年金生活者全体の貧困率は、1990年代後半の27%から、2004−05年には17%に減少。特に1人暮らしの年金生活者については、33%から17%と半減した。しかし就労層の貧困率に関しては、労働党政権が発足した1997年以来、19%のまま変化せず、イギリス労働市場の低賃金の実態を表している。この数値が減少しない点は、政府の貧困対策の「最大の弱点」と報告は結論づけている。

さらに報告は、他の慢性的な問題にも目を向ける。25歳以下の成人の少なくとも10%が失業状態にあること、さらに学校を中退したことで基本的な学歴、資格を持たない若者の数は、1990年後半以降、改善が見られない。
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共同報告者の1人ガイ・パルナー氏は次のように語る。「こうした諸結果は、政策の「成功」と「失敗」の混在というよりは、「成功」と「無視neglect」の混在だと見るべきだろう。政府が行動を起こした分野では変化が起こるのに対して、政府が目を向けない分野では以前の傾向が継続するのだ。」
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このラウントリー財団の報告については、財団のサイトの以下のページでより詳しい結果が読める↓。
http://www.jrf.org.uk/knowledge/findings/socialpolicy/1979.asp


ちなみにいま朝日新聞の朝刊では「分裂にっぽん 政府の役割」という特集が掲載されており、4日(月)の記事では、上の問題と関連して次のような指摘があった。

日本で雇用政策にかける公費は国内総生産(GDP)比0.73%と先進国で最低レベルで、その6割超が失業手当だ。独、仏は3%前後。英国は0.81%と低いが、失業手当は4割未満。97年からのブレア政権が職業訓練に力点を置く雇用政策へとかじを切った。
 産業構造の変化で過剰になった労働力を、再訓練で新しい産業にも投入し、国の成長につなげるという戦略が先進国の潮流とも言える。


このように朝日新聞は、イギリス、ドイツ、フランスの雇用政策を「先進国の潮流」として日本のそれと対置しているが、上のガーディアン紙の記事に目をやれば、イギリスでも日本と同様、若者の雇用対策がうまく機能していない実態が見えてくる。その一方でイギリス経済は、1990年代末以降、長期の好景気に湧いており、これが労働党の長期政権を支える一因ともなっている。この点もまた、今の日本経済の「いざなぎ景気超え」を彷彿とさせる。企業活動が好調を保ち、失業率も比較的低く抑えられている一方で、若年層の高い失業率、格差と貧困の慢性化など、イギリスと日本の経済状況には、いくつかの共通点が見られる。この辺りは経済構造の国際比較の問題として、エスピン・アンデルセンによる以下の研究などが参考になるかもしれない。この本の「日本語版への序文」には、日本では福祉の主な担い手が、市場でも国家でもなく家族であり、日本の福祉レジームは「大陸ヨーロッパ型保守主義ジーム」に近いとされているが、どうも昨今の経済政策の趨勢を見ると、日本はイギリスと同様、市場重視の「アングロ・サクソン自由主義ジーム」の面も強くしているように思える。


ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学

ポスト工業経済の社会的基礎―市場・福祉国家・家族の政治経済学


ちなみに現代イギリスの貧困生活の実態が、よりリアルに書かれた本としては、ガーディアン紙論説委員ポリー・トインビー氏(歴史家アーノルド・トインビーの孫)による、『ハードワーク 低賃金で働くということ』がある。これはトインビー氏が2002年にロンドンで1ヶ月間、最低賃金水準にある様々な仕事につき、生活した体験記である。終わりの部分で、彼女が1ヶ月間の生活を振り返って書いた、次の文章が特に印象的だ。

この間の私の生活と、長年暮らしてきた街の姿は、まったく様変わりした。楽しみが減り、選択の余地も減ったロンドンは、退屈でみすぼらしい場所に変わった。懐に余裕がないため、あらゆる行動が制限された。飢えない程度に食べることはできたが、楽しみ抜き、アルコール抜きの食事は味気なかった。
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劇場や画廊、レストラン、ブティックなどが並ぶ、何度も通ったなじみの道が、私の地図から消え失せた。どこを歩き、どんな建物の前を通りすぎても、すべてが境界線の向こうにある。他の人たちのもので、私のものではない。スターバックスのソファが私を誘ってくることもないし、本屋やレストランはもちろん、街角の小さなカフェでさえ私にとっては存在しない。世間なみの楽しみを与えてくれるあらゆる場所に、「立ち入り禁止」の大看板がかかっているようなものだ。他のすべての人達が生きている消費社会への「立ち入り禁止」。過酷なアパルトヘイトだ。
(p299-300)


ハードワーク~低賃金で働くということ

ハードワーク~低賃金で働くということ