音楽友に、今日も安眠

某大学教員の日記

フェビアン・レント論の経済思想史的背景

(以下は自分用のノートです。)

シドニー・ウェッブに代表されるフェビアン社会主義者のレント理論の基礎のひとつは、収穫逓減の概念に基づくリカードの地代論(1817年)にあった。リカードによれば、地主への地代とは最劣等耕作地(市場において最も生産性の低い限界耕作地)と、それ以外の土地の生産性の差に起因する。なぜなら限界耕作地は農民(労働者)とその家族を養うに足る分の生産性しか持たない一方で、より生産性の高いそれ以外の土地は剰余(surplus)を発生させる余裕を持ち、これが地代として地主に徴収されるからである。リカード自身はここから規範的な見解を導き出すことはなかったが、彼の議論は、地代を労働者によって生み出された価値の搾取であると見るトマス・ホジスキンら「リカード社会主義」や、地代を地主の不労所得と見て、課税を通じて社会全体に還元すべきとする、ヘンリー・ジョージの「土地単一税」論等の社会変革論に引き継がれた。

他方、十九世紀後半にはジェヴォンズが、リカードマルクスが依拠した古典派経済学のパラダイムであった労働価値説に代えて、投下労働によってではなく、消費者が生産物から得る限界効用(marginal utility)によって価格が決定されるとする、限界効用論を提唱した。この「限界革命」を受けてアルフレッド・マーシャルは、価格決定にあたり需要側を重視する限界効用学派と供給側を重視する古典派の統合をはかった。

マーシャルによれば、供給量の調整が困難な(したがって供給曲線が垂直となる)「一時的」な市場(the market period)においては、消費者(需要側)の限界効用が価格を左右する。他方で、企業が供給量を調整することが可能となる(=供給曲線が右上がりとなる)「短期」の市場(the short period)、さらには技術進歩によって限界生産費が減少する(=供給曲線が水平ないし右下がりへと向かう)「長期」の市場(the long period)では、価格決定にあたって供給側の生産費用の方が需要量よりも重要な要因となる。生産費用は、土地・労働・資本に対して支払われる地代・賃金・利子によって定まる。よって、企業家は生産費用と需要量を比較しつつ、利潤が最大となるよう供給量を調整することとなる。

ここでマーシャルは、リカード地代論的な収穫逓減法則を踏まえ、市場参加/退出の限界点以上の企業が一定の利潤を獲得しうると見ていた。そして分配論の焦点は、この利潤が生産要素の何によってもたらされるかを突き止めることにあった。マーシャルが注目したのは、企業が機械等の生産設備の短期的な優位性に基づき獲得する利潤であり、彼はこれを土地の自然的恩恵に基づく地代との類比から、「準地代(quasi-rent)」と名づけた。さらに彼は、企業家の個人的な能力や組織全体の効率性、他組織との営業関係が長期的には利潤発生のより重要な要因であると捉え、これらを総称して「複合的準地代」と呼んだ。

このように、時間軸による分析視角の変化を伴うマーシャルの分配論はそれ自体総合的なものであったのみならず、価値論や交換論、産業組織論とも密接に関連する包括性を持っていた。彼の分配論が示された『経済学原理』(1890年)は、イギリスにおける新古典派経済学の権威としての地位をすぐに獲得した。フェビアン社会主義者、とりわけシドニー・ウェッブもまた、自らのレント理論をこのマーシャル的パラダイムのなかで構築したのである。