音楽友に、今日も安眠

某大学教員の日記

日英の博士院生の「格差」について

博士論文計画書を提出して一安心、したのも束の間でして、今後の研究予定を書く中で再認識した必要な作業のあまりの多さに、しばし慄然としています。夏中に論文を一本投稿したいと考えていることもあり、あまり精神的にリラックスはできてません。でも、来週から始まる日本のワールドカップ戦はパブに観戦に行こうと思ってますし、7月初めには一週間ほど南イングランドに旅行に行く予定です。これらのイベントを息抜きに、研究を頑張ろうと思います。

昨日は研究室にてイギリス人のイケメンPhDエイサ君と一緒になったので、しばし談笑しました。かねてから不思議に思っていた、「イギリスでは学部三年、修士課程一年と、日本の学部四年、修士課程二年に比べて期間が一年ずつ短いのにも関らず、なぜ多くの博士課程学生が博士号を三年、長くとも四年で取れるのか」という疑問を聞いてみました。エイサ君は、「(日本で言う高校に相当する)A-Levelの二年間で、すでにかなり専門的な勉強(経済学、政治学社会学など)を行ったこと」、「(日本に比べて)学会報告や論文投稿があまり求められないので、博士論文に集中できること」、「もしかするとイギリス博士論文の質は日本のそれに比べて低いのかもしれないこと」などなど、いくつか仮説を挙げてくれました。

なかでも僕がひときわ印象的だと感じたのは、日英の奨学金制度の充実ぶりの違いでした。彼は学部生の時に日本の学生支援機構に当たるESRCという奨学金機関の「1+3(修士+博士奨学金)」に応募して合格したおかげで、大学院に進学して以降は、授業料、生活費、さらには海外へのフィールドワーク費や書籍代なども全て奨学金でカバーされるようになり、そのおかげでアルバイトをする必要が無くなったのだそうです。日本にも学振制度がありますが、競争率が高いのが難点です。シェフィールド大学政治学研究科のイギリス人PhD一年生の同級生約10人は、みんなこのESRCないしそれに類する奨学金をもらっているとのことで、奨学金という名の学生ローンとアルバイトでやりくりする日本の多くの博士課程の大学院生とは、あまりに異なる経済状況だと感じました。

考えてみれば、僕もイギリスに来る前は移動時間も含めると週25時間もアルバイトをしなければならない生活で、必然的に研究時間は犠牲にされていました。日本学生支援機構の無利子の学生ローンももらっていましたが、これも結局は借金だし、人文社会系の博士院生の就職難の状況も相まって、覚悟して選んだ道とは言え、将来どうなるのだろうと不安に思うこともしばしばありました。恥ずかしながら修士課程の時には学振DC制度の存在を知らず(今では僕の母校でもより情報が共有されるようになったようです)、この制度に応募することもしませんでした(まあたとえ応募していたとしても、研究の方向性が定まったのが修士二年に入ってからととても遅かったので、受かる見込みは少なかったと思いますが)。

このようなわけで、時間的制約、精神的不安、情報の欠如などが相まって、博士課程に入った最初の一年間は、我ながら亀の歩みのような研究進度でした。今回のシェフィールド大学への留学に関してはパートナーとの関係も相まって最後まで迷いましたが、研究の面に関して言えば、留学そのもののメリットもさることながら、まとまった奨学金をもらいつつ安心して研究に打ち込める環境に身を置くようになったことで、昨年秋の渡英以降、格段に自分の理解が進むようになったのを感じています。研究者にとって安定した経済力と充分な研究時間を確保できることがどれほど重要か、そしてその意味において、いかに多くの日本の博士課程の大学院生(および博士号取得者)が厳しい研究環境(高額の授業料、奨学金制度の貧困さ、就職状況の劣悪さ)に置かれているのかを改めて実感しています。

ちなみに僕が今もらっている留学奨学金は、日本学生支援機構の「留学生交流支援制度」による奨学金でして、授業料と生活費が三年間カバーされる大変有難いものです。この奨学金に受かったことは本当に幸運だったと思います。留学を考えている院生の方は、ぜひ挑戦されることをお勧めします。
参考URL: http://www.jasso.go.jp/scholarship/long_term_h.html (「留学生交流支援制度」サイト)