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某大学教員の日記

ケン・ローチ監督、パルムドール賞受賞!



撮影中のケン・ローチ監督(写真はGuardian Unlimitedの記事より:
http://film.guardian.co.uk/cannes2006/story/0,,1776677,00.html


第1回目の記事は、嬉しいニュースについて書こう。カンヌ映画祭で28日、ケン・ローチ監督の'The Wind That Shakes the Barley(直訳:大麦を揺らす風)'が、最高栄誉賞であるパルムドール賞を獲得した。


イギリス映画にとっては、マイク・リー監督の「秘密と嘘」以来、10年ぶりとなるパルムドール賞。ローチ監督にとっては、実に8回目のノミネートで、初の受賞となる。作品の内容は、1920年代のアイルランド独立運動のようすを、初期IRA(Irish Republican Army)組織活動や、イギリス軍による運動制圧などに焦点を当てて描いたものだ。


ローチ監督は、本作品で徹底してアイルランド独立運動側に立つ。彼は言う。「独立のための戦いは、歴史上、これまで何度となく繰り返されてきたことだ。世界にはいつも、一方で軍隊による占領があり、また一方でそれに反対する人々の独立運動がある。現在イギリス人は不幸にも、そして違法にもイラク武装占領している。イラク戦争は、違法であり、擁護することはできない。だから今もなお、(この作品で表された)こうしたストーリーを、繰り返し語り続けることには意味があるのだ。」(下記リンク先のBBC記事より)


「学校では決して教わらなかった」(本作脚本家ポール・ラバティー)、栄光の大英帝国の影の部分が生々しく描かれたこの作品は、カンヌで最高の評価を受けたことと相まって、イギリス国内で議論を巻き起こすだろう。例えるなら日本人監督が「南京虐殺」をテーマにした映画を作成するようなものだろうか。その人の依って立つ立場によって、評価が二分されるような内容に思われる。


それにしても、こうしたセンシティヴなテーマを扱った作品を高く評価した、カンヌの度量の深さには恐れ入る。欧米中で公開されるが、アメリカでは公開されないとのこと。そこで上述脚本家のラバティー氏は、アメリカのジャーナリストたちに向かって、「ブッシュ大統領にこう言ってこの映画を売り込んでくれ。「大統領、たった今私たちは、素晴らしい「共和主義の(Republican)」映画を観ましたよ!」ってね」と呼びかけたそうだ。IRAのRepbulicと共和党のRepbulicanをかけたジョーク。うーん、皮肉たっぷりのブリティッシュ・ユーモアだ。


日本ではまだ公開未定だそうだが、劇場公開を強く望む。そもそもケン・ローチ監督は、ヨーロッパでの高い評価に比べて、日本ではあまり注目されてこなかったように思われる。DVD化された作品がオムニバス作品入れてたったの4本って、少なすぎだ。


以前イギリスに留学していた時に、私はケン・ローチの作品を見まくった。ケン・ローチ監督の映画は、それまでのほほんと生きてきた私のような人間に、社会の「裏」を見せつけてくれた。そこで扱われていたのは、麻薬が若者の間に浸透する都市生活(Sweet Sixteen)、きらびやかなロサンゼルスのオフィス街の底辺労働者(Bread and Roses)、効率化を促すはずの民営化政策による労働強化と失業(The Navigators)、戦後福祉国家体制下の福祉政策が引き起こす悲劇(Ladybird Ladybird)、そして反ファシズム社会主義運動そのものがファシズムに転化する矛盾(Land and Freedom)、などだった。


社会の冷酷な現実を描きつつも、その一方で救いも感じさせてくれる、そんなローチ監督のスタンスというか、優しい人間観が私は好きだ。何冊もの平凡なテキストを読むよりも、たった1本のローチ作品から私はイギリスの、そして世界の現実の多くを学んだ。もっともっと多くの人に、彼の作品を知ってほしいと思う。

参考:
MSNの記事→ http://www.mainichi-msn.co.jp/entertainment/cinema/news/20060529k0000e040005000c.html
BBCの記事→ http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/4993956.stm
Guardian Unlimitedの記事→ http://film.guardian.co.uk/cannes2006/story/0,,1785178,00.html